【竹内美樹の口福のおすそわけ 229】すっぽん 竹内美樹


すっぽんスープ

 丸鍋というと、関東ではどじょう鍋を連想するが、関西ではすっぽん鍋のことを指す。「月とすっぽん」ということわざがある。月もすっぽんも同じように丸いが、夜空に輝く月と泥の中に住むすっぽんとは、比較にならないほど大きな差があるというのが由来。

 先日、そのすっぽんを食す機会を得た。といっても丸鍋ではない。福岡の中国料理店「福新樓」で、すっぽんスープをいただいたのだ。すっぽんは、日本では江戸時代に入ってからポピュラーな食べ物になったようだが、中国ではもっと古くから、ご馳走と考えられていたらしい。

 おいしそうな物を見て食べたいと思ったり、物事に対して興味や関心・欲望を持つことを「食指が動く」と言うが、この故事成語の由来はご存知だろうか? 「春秋左氏伝・宣公四年」に書かれている逸話が基になっているそうだ。

 中国春秋時代の鄭の君主霊公の宴席に招かれた公子宋が、道中自分の人差し指がピクリと動いたのを同行者に示し、こうなるといつもご馳走にありつけると話した。到着すると、ちょうど大きなすっぽんがさばかれていたという話だ。つまり、紀元前600年代には、君主が食すぜいたくな料理だったワケである。

 筆者は、随分昔に丸鍋をいただいたことがあったが、あまり良い素材ではなかったのか、やや臭みがあったため、それ以来わざわざ大枚はたいてまで食べたいとは思わなかった。だが同店のスープを食して、苦手意識が払拭(ふっしょく)された。

 澄んだスープに入っていたのは、焼き葱(ねぎ)と金針菜、松の実、クコの実、乾燥ナツメ、そしてブツ切りのすっぽん。ナツメはスープに入れると戻ってふっくらするが、そのまま噛(か)んで種がガリッと歯に当たることも多い。同店では種を外してあり、仕事が細やかだ。

 張光陽社長が、すっぽんにナツメは欠かせないと仰ったので、後継者の端宏常務に理由を伺うと、あまりハッキリ薬効をうたうのは良くないのですが…と前置きした上で、のぼせ止めのようなものだと教えて下さった。

 すっぽんはご承知の通り精力増強効果があるとされているが、摂取し過ぎると眠れなくなることもあるとか。ナツメは神経の高ぶりを抑える効能があるといわれており、すっぽんと同時にいただくのは理に適っているのだ。

 生薬として用いられるものばかりが入ったこのスープ、まさに薬膳料理の極みである。すっぽんの旨味が出た汁は滋味あふれる味わいで、身体がポカポカしてくる。コラーゲンたっぷりな身はぷるっぷるでクセがなく美味。明日はきっとお肌ツルツルだ。

 今や天然の個体は数が少ないため、ほとんどが養殖物。野菜や植物の促成栽培同様、加温して冬眠させず、短期間で飼育する方法もあるが、約半年の冬眠を重ねる路地養殖では、出荷サイズに成長するまで3~4年を要するそうだ。高価なのもうなずける。

 すっぽんを食べて「亀は万年」にあやかろう!

※宿泊料飲施設ジャーナリスト。数多くの取材経験を生かし、旅館・ホテル、レストランのプロデュースやメニュー開発、ホスピタリティ研修なども手掛ける。

すっぽんスープ

 
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